死ぬまでにいつか歩いてみたい道

長崎街道旧道 ~ 日見峠 ~

長崎県長崎市、芒塚から本河内にかけて。

陸路で長崎に出入りするのに必ず通っていた道。

本河内に父親の実家があったため有明海フェリー経由で幾度と無く日見トンネルを通って帰省していたものですが今に至るまで旧道を攻めることはかないませんでした。いわれる旧道とよばれている日見峠も実は明治になって切り開かれた新道(日見新道)で日本最古の有料道路なのだそうです。旧旧道にあたる日見関所跡から先は給水塔(水の乏しい長崎においては超重要アイテム)で分断されており、更に上の地震石神神社から見下ろして当時の様子を想像することしかできません。それでも江戸末期に坂本龍馬などの幕末の志士達がこの辺りを通って長崎に出入りしていたかと思うと想像するだけで胸が熱くなってきます(想像の想像=>妄想)。

 

萩往還

山口県萩市から防府市三田尻にかけて。

関ヶ原以降、山陰に本拠を移された長州藩の最も重要な連絡路。萩城下町と西国街道を結ぶ参勤交代路。

新・萩往還国道262号線として今でも萩~防府を結ぶ幹線道路として重要な役割を担っています。防府市山口市の区間の数キロ休みなしに続く殺人的な直線上り道はさすが道路行政王国山口。贅沢仕様。旧道はそんな国道262号線に沿って部分的に石畳等も残されいたり旧道としての姿を今も留めているようです。また、最近は観光地としてアピールすることも多くなってきており、マラソン大会や旅行会社主催のウォーキングツアーなども開催されているようです。山口はとかく地域間の隔たりが大きくて一体感に欠けるところがあるように思うので、街道を通じて地域間交流があるというのはいいことですね。全長54kmもあるルートですが、山口の湯田温泉や奥湯田温泉ユースホステルあり)を絡めて三田尻の港へ向かう幕末の志士の足跡を追うもよし、萩からちょっと足を伸ばして山道の旧道の雰囲気を堪能するもよし。早くコドモが20kmくらい歩けるようにならんかな。高杉晋作の足跡をこの足で辿りたい。